大阪高等裁判所 平成10年(行コ)65号 判決 2000年1月18日
控訴人 株式会社パラツィーナ
被控訴人 西宮税務署長
代理人 高橋伸幸 原田一信 ほか五名
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 控訴人の昭和六三年一一月一日から平成元年一〇月三一日までの事業年度分の法人税につき、被控訴人が平成五年一月二五日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額を八億六九六四万八一四四円として計算した額を超える部分を取り消す。
3 控訴人の平成元年一一月一日から平成二年一〇月三一日までの事業年度分の法人税につき、被控訴人が平成五年一月二五日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額を一億六三七八万二五五二円として計算した額を超える部分を取り消す。
4 控訴人の平成二年一一月一日から平成三年一〇月三一日までの事業年度分の法人税につき、被控訴人が平成五年一月二五日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額を九八〇六万七二八九円として計算した額を超える部分を取り消す。
5 控訴人の平成二年一一月一日から平成三年一〇月三一日までの事業年度分の法人臨時特別税につき、被控訴人が平成五年一月二五日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、課税標準法人税額を三三七七万五〇〇〇円として計算した額を超える部分を取り消す。
6 控訴人の平成三年一一月一日から平成四年一〇月三一日までの事業年度分の法人税につき、被控訴人が平成六年一二月二六日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額を一六五〇万二二八〇円として計算した額を超える部分を取り消す。
7 控訴人の平成三年一一月一日から平成四年一〇月三一日までの事業年度分の法人特別税につき、被控訴人が平成六年一二月二六日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、課税標準法人税額を二一八万八〇〇〇円として計算した額を超える部分を取り消す。
8 控訴人の平成四年一一月一日から平成五年一〇月三一日までの事業年度分の法人税につき、被控訴人が平成六年一二月二六日付けでした更正のうち、欠損金額を二〇億五一四〇万一二〇三円として計算した額を超える部分を取り消す。
9 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二当事者の主張
次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(被控訴人)
一 被控訴人の主張の要旨
本件取引は、その実質において、控訴人がエンペリオンを通じ、CPIIによる本件映画の興行に対する融資を行ったものであって、エンペリオンないしその組合員である控訴人は、本件取引により本件映画に関する所有権その他の権利を真実取待したものではなく、本件各契約書上、単に控訴人ら組合員の租税負担を回避する目的のもとに、エンペリオンが本件映画の所有権を取得するという形式、文言が用いられたにすぎないのであるから、本件映画を減価償却資産に当たるとして、その減価償却費を損金の額に算入すべきではない。
二 事実認定・私法上の法律構成による否認
1 法文中に租税回避の否認に関する明文規定が存在する場合はもとより、明文の規定が存在しない場合でも、租税回避を目的とした行為に対しては、課税減免規定の限定解釈による否認のほか、事実認定・私法上の法律構成による否認類型が存在し、これにより狭義の租税回避否認と同様の効果を有する課税が認められる。これらは、課税庁の恣意が入り込む余地はなく、特に租税法律主義の見地からも問題がない。
事実認定・私法上の法律構成による否認とは、裁判所が私法上の当事者の真の意思を探求する形で事実認定を行いその結果として課税が行われるというものである。
課税は、第一義的には私法の適用を受ける経済取引の存在を前提として行われるのであるから、私法上の法律構成においても、当事者間の表面的形式的合意にとらわれることなく、経済的実体を考慮して実質的な合意内容を認定し、当事者が真に意図した私法上の法律構成による私法上の合意内容に基づいて課税が行われる。
2 本件では、租税回避の否認規定は存在しないし、減価償却に関する規定は課税減免規定には該当しないため、課税減免規定の限定解釈による否認は考えられないから、本件取引について検討すべきものは、事実認定・私法上の法律構成による否認である。
したがって、本件では、控訴人ら組合員らは、外観ないし形式によれば、エンペリオンを通じて、本件取引により本件映画に関する所有権その他の権利を取得しているようにみえるが、実体ないし実質に立ち入って、真実右権利を取得する意思を有していたか否かが探求されなければならない。
3 本件取引における当事者意思の探求
控訴人は、平成元年五月一九日付け本件組合契約書に基づき本件出資金総額二六億二一〇五万円(出資口数一九口)のうち金一億三七九五万円(一口分)をオランダ銀行東京支店のエンペリオン名義の当座預金口座に送金する方法で払い込み、エンペリオンの組合員となった。
エンペリオンは、平成元年五月一九日付け本件売買契約書により外観ないし形式によれば、ジェネシスから本件映画に関する権利(以下「本件映画等」という。)を買い受けたかのような内容の契約を締結した(なお、ジェネシスは、原始売買契約書によりCPIIからメディバルを通じて本件映画等を取得したとされている。)とされるが、実体ないし実質に立ち入ってみれば、以下のとおり、原始売買契約又は本件売買契約を締結するに当たって、当事者双方には、本件映画等を売り渡す意思も買い受ける意思も有していなかったものと認められる。
(一) 原始売買契約又は本件売買契約における当事者双方の意思
(1) まず、売主であるCPIIないしジェネシスの意思解釈についてみれば、本件取引における本件出資金及び本件借入金の流れからすれば、CPIIないしジェネシスは、本件映画等に見合う対価の約二五パーセントの代金のみしか得られないにもかかわらず、本件映画等を買主であるジェネシス(ないしメディバル)、ひいては、エンペリオンに移転したことになるが、これは売主であるCPIIないしジェネシスの意思解釈として不合理である。
本件において、本件出資金及び本件借入金は本件映画等の代金としてCPIIに流れていることが認められるが、右代金のうち、本件借入金相当額(右代金の約七五パーセント)は、もともと、CPIIがIFDを通じてHBU銀行に預託していた金員であり、右金員が本件各契約書(いずれも同一の日付で作成された契約書であり、右契約書にはエム・エル・フイルムの記名押印がある。)により、融資及び返済の各方向で関係当事者間を一循環した後にCPIIに戻っているにすぎない。
そうすると、本件借入金相当額(右代金の約七五パーセント)は、本件取引における循環金融の一部を構成するものであることも明らかである。
以上より、原始売買契約又は本件売買契約が通常の売買契約であると解した場合は、売主であるCPIIないしジェネシスの意思解釈として著しく不合理であるし、また、本件取引では、課税逃れ商品に典型的な循環金融の手法が用いられていることから、本件取引における関係当事者の私法上の真の意思は、本件映画等の移転ではなく、専ら租税回避の利益を与えることにあったと認められる。
(2) 次に、最終的な買主であるエンペリオンの意思解釈についてみれば、本件売買契約書と同一の日付で作成された本件配給契約書の内容からすれば、エンペリオンは本件映画等の根幹をなす部分の権利行使が排除されるにもかかわらず、本件映画等を取得するための対価として代金を支払うことになるが、これは買主であるエンペリオンの意思解釈として不合理である。
(3) さらに、本件出資金の私法上の法的性格についてみれば、本件出資金は、前記のとおり、本件映画等の代金としてエンペリオンから、ジェネシス、メディバルを経て、最終的にCPIIに流れていることが認められるのであり、本件取引において本件出資金に相当する額は、本件映画の配当を受ける一連の権利に関する対価である。
(二) 本件取引の目的
本件取引のうち原始売買契約ないし本件売買契約が通常の売買契約であると解した場合、当事者の意思として著しく不合理であることは前記のとおりであるが、それにもかかわらず、本件取引において、CPII、ジェネシス、エンペリオンが原始売買契約又は本件売買契約を締結した私法上の真の意思は、エンペリオン(ないし控訴人ら組合員)においては、専ら、本件映画等が減価償却資産に当たるとして当該資産に係る減価償却費を損金計上することによって租税回避の利益を得ることにあり、また、CPIIにおいては、本件映画等の根幹部分の処分権を保有したままで資金調達を図ることにあったと認められる。
(三) 原始売買契約ないし本件売買契約の私法上の法的性格
前記(一)及び(二)からすれば、本件取引のうち、原始売買契約ないし本件売買契約は、エンペリオン(ないし控訴人ら組合員)は、専ら租税負担の回避を図ることを目的として、また、CPIIは、メディバルないしジェネシスを単なる履行補助者として、本件映画等の根幹部分の処分権を保有したままで、資金調達を図ることを目的として、いずれも締結されたものであり、外観上売買契約の形式はあるものの、契約当事者の真の意思を探求すれば、実体上売買契約の実質は認められないのである。
(控訴人)
一 控訴人の主張の要約
1 本件売買契約を証するものとして、ジェネシスからの買入れに係る本件売買契約書が存在するが、本件売買契約書所定の契約内容は、本件映画についての売買契約としての要素に欠けるところはない。そして、本件売買契約書所定の買主の義務(売買代金の支払)及び売主の義務(本件映画に関する所有権の譲渡、著作権の譲渡等)は、本件売買契約書のとおり、双方とも履行を完了している。
また、本件取引においては、すべて、その個別契約の内容に従って、その内容のとおりの履行(取引)がされている。
右事実は、本件取引は、すべて個別契約書所定の契約内容に基づいてされた個別契約の内容のとおりの実体を有するものであることを裏づけるものである。
2 よって、本件取引の一環をなす本件売買契約が有効であることは明らかであり、本件売買契約に基づき、控訴人は、本件映画の所有権を取得し、本件配給契約により、本件映画を賃貸という事業に供したものであるから、本件映画は減価償却資産に該当し、その減価償却費は損金に計上されるべきである。
二 被控訴人の主張に対する反論
1 本件借入金について
(一) 被控訴人は、「本件借入金(借入元金)は、もともと、CPIIがIFDを通じてHBU銀行に預託していた金員であり、右金員が関係当事者を循環した後、CPIIに戻っているにすぎない」ことを理由として、本件取引では、課税逃れに典型的な循環金融の手法が用いられている旨主張する。
しかしながら、オランダ銀行東京支店作成に係る貸出稟議書(<証拠略>)の記載からも明らかなとおり、本件借入金(借入元金)は、CPIIがHBU銀行に預託していた金員ではないのである。この点、被控訴人の主張によれば、CPIIが世界的な大銀行に対して資金を提供し、その資金を再び映画産業に還流したことになるが、慢性的な資金不足に悩まされている映画産業界(被控訴人の表現によれば、「資金調達に苦慮していた」CPII)がそのような資金を提供できるはずはない。
よって、本件取引では、課税逃れに典型的な循環金融の手法が用いられたものでないことは明らかである。
(二) ところで、そもそも本件借入金における資金の流れは、アメリカの映画産業の資金調達方法であるエンターテインメント・ファイナンスによるものであり、エンペリオンは、HBU銀行を起点とする本件借入金の融資により、本件映画を購入でき、またCPIIは本件映画の売却により製作費を回収でき、しかも、HBU銀行に本件借入金相当額の預金が可能となったのであるから、課税逃れに典型的な循環金融とは全く異質なものである。そして、本件では、映画がヒットしなかったため、結果的に、CPIIがHBU銀行に預託した本件借入金相当額は、損失補償支払に充当されることになったが、本件映画がヒットすれば、CPIIは、HBU銀行から利息付きで本件借入金相当額の預金の支払を受けられたものであり、このことからも本件借入金における資金の流れが循環金融とは無縁のものであることは明白である。
2 本件映画の取得について
被控訴人は、本件配給契約書の内容により、本件映画等の根幹をなす部分の権利行使が排除されているから、控訴人らは自己の計算と責任において本件映画等を取得したと認めることができない旨主張する。
ところで、本件では、本件配給契約と本件売買契約は同日付けでされているが、本件映画について配給契約を締結するためには、当然のことながら本件映画を取得(所有)する必要があるから、論理的に、本件売買契約が本件配給契約に先行することは明白である。被控訴人の主張は、かかる契約における論理関係を無視している点で失当である。
そうすると、本件では、本件売買契約により本件映画の所有権を取得した控訴人らが、本件映画の所有者として本件配給契約を締結したことは明白であるし、本件配給契約書は、本件売買契約により本件映画の所有権を取得した控訴人らが、本件映画を賃貸という事業に供するに際し、IFDに対し、安心して十分な収益を得させるために本件映画についての権利行使を認めたものである。
なお、かかるネット・リース取引は、日本の税務当局も航空機のリースで認めているし、法人税法施行令第一二六条の三第三項は、かかるネット・リース取引が資産の賃貸借に該当することを認めている。
3 事実認定・私法上の法律構成による否認
(一) 被控訴人は、本件売買契約は、外観上売買契約の形式はあるものの、契約当事者の真の意思を探究すれば、実体上売買契約の実質は認められない旨主張する。
しかしながら、エンペリオンは、ジェネシスに対し、本件売買契約に基づき、本件映画等の代金八五億六一五九万〇八五〇円の支払を完了している。本件借入金相当額について、循環金融の手法が用いられているものではないことは前記二1のとおりであり、他に、本件借入金相当額が本件映画に対する対価であることを否定する理由はないから、エンペリオンがジェネシスに対し支払った金八五億六一五九万〇八五〇円は、本件映画等の売買代金の対価であることは明らかである。
次に、前記二2のとおり、本件売買契約に基づき、控訴人らは本件映画を取得している。
以上、要するに、本件売買契約は、契約当事者間によって、売買契約の形式のとおり、本件映画についての所有権の移転とこれに対する対価の支払がされているのであるから、実体上売買契約の実質が認められることは明白である。
(二) 被控訴人は、本件取引における控訴人らの私法上の真の意思は、本件映画等の取得ではなく、専ら租税回避の利益を得ることにあり、CPIIの私法上の真の意思は、本件映画等の根幹部分の処分権を留保したままで、資金調達を図ることにあったとする。
しかしながら、本件売買契約は、契約当事者間によって、売買契約の形式のとおり、本件映画についての所有権の移転とこれに対する対価の支払がされ、実体上売買契約の実質が認められるのであるから、実体上売買契約の実質が認められないことを前提とする被控訴人の主張は失当というべきである。
(三) なお、被控訴人は、本件取引における控訴人らの私法上の真の意思が、本件映画等の取得ではなく、専ら租税回避の利益を得ることにあるとする理由として、映画興業による利益及び租税回避の利益を挙げるが、本件取引によりもたらされる映画興業による利益の多寡は、興業前(本件取引時)には誰にも分からない事柄であるのに、本件取引によりもたらされる映画興業利益が無視し得るほど小さいと決めつけている点で失当であるし、また、被控訴人主張に係る租税回避の利益すなわち課税繰延による「運用益」は、そもそも事前に計算できない不確定なものである上、本件の場合結果的にマイナスであった。
(四) 控訴人らは、本件取引に当たって、IFDから、全世界からの本件映画の総収入金額の一〇パーセントの変動レンタル料と映画がヒットした場合の調整レンタル料を受領するというはっきりした事業目的を有していたものである。
このように映画興業による利益の獲得という明確な事業目的の下にされた本件取引について、これとは離れて、当事者の真の意思を論じるのはナンセンスというほかない。
よって、本件取引の一環をなす本件売買契約が有効であることは明らかであり、本件売買契約に基づき、控訴人は、本件映画の所有権を取得し、本件配給契約により、本件映画を賃貸という事業に供したものであるから、本件映画は減価償却資産に該当し、その減価償却費は損金に計上されるべきである。
理由
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものとして棄却すべきものと判断する。その理由は、次に付加するほかは、原判決の認定説示と同一であるから、これを引用する。
1 本件は、控訴人が、本件売買契約によりジェネシスから買い受けた本件映画がエンペリオンの組合員らに共有的に帰属する減価償却資産に当たるとして、控訴人のエンペリオンに対する出資割合に応じて当該資産に係る減価償却費を損金の額に算入したことに対し、被控訴人が、本件売買契約は事実認定・私法上の法律構成による否認により、売買契約としては不成立ないし無効であるとして、本件映画が減価償却資産には当たらないとしたものである。
課税は、私法上の行為によって現実に発生している経済効果に則してされるものであるから、第一義的には私法の適用を受ける経済取引の存在を前提として行われるが、課税の前提となる私法上の当事者の意思を、当事者の合意の単なる表面的・形式的な意味によってではなく、経済実体を考慮した実質的な合意内容に従って認定し、その真に意図している私法上の事実関係を前提として法律構成をして課税要件への当てはめを行うべきである。したがって、課税庁が租税回避の否認を行うためには、原則的には、法文中に租税回避の否認に関する明文の規定が存する必要があるが、仮に法文中に明文の規定が存しない場合であっても、租税回避を目的としてされた行為に対しては、当事者が真に意図した私法上の法律構成による合意内容に基づいて課税が行われるべきである。
なお、控訴人は、控訴人が得たものは課税繰延による利益にすぎないから、課税繰延による運用益を否認するためには明文の規定が必要である旨主張するが、法人税法は、第二一条で事業年度を設定することにより計算期間を区切り、第二二条第一項で各事業年度の所得の金額は当該事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額であるとして所得の金額の計算方法を定めて、各事業年度ごとに所得の金額の計算を行い、右所得の金額に応じて法人税の負担を求めることを原則としているのであり、各事業年度に負担すべき租税を後の事業年度に繰り延べる課税繰延も、租税負担の回避に当たることは明らかであるから、課税繰延も租税回避と同様、法文中に明文規定がない場合でも、事実認定・私法上の法律構成による否認という方法により真実の法律関係に基づき課税が行われることには変りはない。
2 控訴人は、本件売買契約書所定の買主及び売主の義務は双方とも履行を完了しており、また、本件取引においては、すべて、その個別契約の内容に従って、その内容のとおりの履行(取引)がされているから、本件取引の一環をなす本件売買契約が有効であることは明らかである旨主張する。
確かに、エンペリオン(ないし控訴人ら組合員)がジェネシスから本件映画を買い入れる旨の本件売買契約書が存在し、エンペリオンが本件映画の売買代金として所定の金員をジェネシスに支払ったほか、本件取引においては、すべて、その個別契約書の記載内容に従って、その内容のとおりの履行(取引)がされていることについては当事者間に争いがない。
しかしながら、本件取引は、CPIIが日本の投資家から映画の製作資金を得るために、CPIIないしはメリルリンチが考案した一連の取引であって、その一環をなす本件売買契約について、その当事者らが本件売買契約書所定の権利義務をそれぞれ履行することは当然のことであって、そのこと故に本件売買契約が本件売買契約書所定の内容のものとして当然有効となるものではない。その理由は次のとおりである。
(一) CPIIとジュネシス(ないしメディバル)との本件映画についての原始売買契約が仮に有効であるとすると、原判決も認定するとおり、CPIIは、ジェネシスを通じてエンペリオンから本件映画の代金として八五億六一五九万〇八五〇円を受領することができるが、第二次配給契約に基づきIFDに対し借入金相当額である六〇〇〇万ドル(エンペリオンがオランダ銀行から借り入れた額は六三億七四六三万五〇一二円である。)を支払うこととなっているから、売主であるCPIIは、本件映画等に見合う対価の約二五パーセントの代金のみしか得られないにもかかわらず、本件映画等を買主であるジェネシス(ないしメディバル)、ひいては、エンペリオンに移転したことになるが、これはCPIIの意思解釈として著しく不合理であるといわなければならない。
控訴人は、被控訴人が「本件借入金(借入元金)は、もともと、CPIIがIFDを通じてHBU銀行に預託していた金員であり、右金員が関係当事者を循環した後、CPIIに戻っているにすぎない」としていることに関して、慢性的な資金不足に悩まされている映画産業界がそのような資金を提供できるはずはないから、本件借入金(借入元金)は、CPIIがHBU銀行に預託していた金員ではない旨主張する。
確かに、CPIIないしIFDとHBU銀行との取引内容が定かではない上、オランダ銀行東京支店作成に係る貸出稟議書(<証拠略>)によれば、本件取引の一環として、IFDがHBU銀行に対して六〇〇〇万ドルの支払に対する債務の引受けをする旨の記載があることは認められるが、六〇〇〇万ドルが予めCPIIないしIFDによってHBU銀行に預託されていたことを客観的に認めるに足りる証拠はない。
しかしながら、エンペリオンは、本件映画の売買代金に充てるために、オランダ銀行から六三億七四六三万五〇一二円を借り入れているが、その返済額である元金及び利息の合計額一〇〇億三五二〇万〇六四八円は、本件配給契約に基づいてIFDから最低保証料及び延長アドバンス又はフィックスト支払額としてその同額が支払われることとなっており、しかも、その支払についてはオランダ銀行への融資元であるHBU銀行が保証しており、貸出稟議書(<証拠略>)によれば、貸付け満期時にはHBU銀行に設定されている(保証)引受額から支払われることとなっていることが認められる。右事実からすれば、HBU銀行は、本件借入金の借主であるエンペリオンに対し、返済額相当額の支払を保証した上、最終的には同銀行に設定されている(保証)引受額から支払われることとなるのであり、銀行の通常業務としては六〇〇〇万ドルが予め預託されていると解するのが相当であるが、仮に六〇〇〇万ドルが予め預託されていなかったとしても、本件取引はいずれも同一の日付でされているから、債務引受けとしてCPIIが売却代金のうち借入金相当額の六〇〇〇万ドルを預託したとすれば、右金員は結局関係当事者を循環したものであり、売主であるCPIIは、本件映画等に見合う対価の約二五パーセントの代金のみしか得られないにもかかわらず、本件映画等を買主であるジェネシス(ないしメディバル)、ひいては、エンペリオンに移転したことになることには変りはない。
(二) また、ジェネシスとエンペリオンとの本件売買契約が仮に有効であるとすると、本件売買契約書と同一の日付で作成された本件配給契約書の内容からすれば、原判決も認定するとおり、エンペリオンは本件映画等の根幹をなす部分、すなわち、本件映画等を取得するため対価として支払う価値を有する部分についての権利行使がことごとく排除され、当該部分は、本件配給契約及び第二次配給契約により、製作者であるCPIIが保有することになるにもかかわらず、本件映画等を取得するための対価として代金を支払うことになるが、これは買主であるエンペリオンの意思解釈として著しく不合理であるといわなければならない。
この点につき、控訴人は、本件配給契約と本件売買契約は同日付けでされているが、本件売買契約により本件映画の所有権を取得した控訴人らが、本件映画の所有者として本件配給契約を締結したことは明白であるし、本件配給契約書は、本件売買契約により本件映画の所有権を取得した控訴人らが、本件映画を賃貸という事業に供するに際し、IFDに対し、安心して十分な収益を得させるために本件映画についての権利行使を認めたものである旨主張する。
しかしながら、論理的には、本件売買契約が本件配給契約に先行するとしても、エンペリオンは、本件配給契約によって、IFDに対して本件映画の管理、使用収益及び処分に関するほとんど完全な権利を与え、そのため本件映画の所有者として本来であれば有してしかるべき諸権利の行使が全く認められないこととなる上、本件説明書には、本件映画のタイトルはもとより、映画興業に関する具体的情報は何ら記載されておらず、本件取引に関する各契約書は本件組合契約書を除きいずれもエンペリオンの業務執行者であるエム・エル・フィルムの署名に係る英文のものしかなかったことからすると、映画興業による利益を獲得する目的でエンペリオンないし控訴人ら組合員が本件映画を買い受けたとは認められない。
(三) 本件取引のうち原始売買契約ないし本件売買契約が通常の売買契約であると解した場合、当事者の意思として著しく不合理であることは前記のとおりであるが、それにもかかわらず、本件取引において、CPII、ジェネシス、エンペリオンが原始売買契約ないし本件売買契約を締結した私法上の真の意思について検討する。
CPIIは、原子売買契約によって本件映画等をジェネシスひいてはエンペリオンに対し売却したことになっているが、本件配給契約及び第二次配給契約に基づき本件映画の根幹部分の処分権は、エンペリオンからCPIIに移転しており、また、本件借入金は当事者間を循環したものの、本件出資金は、CPIIに入っており、結局本件取引によってCPIIは日本の投資家からの資金調達ができたことになる。
一方、エンペリオンは、本件出資金のほかオランダ銀行からの借入れによって本件映画を購入した上、本件配給契約によってIFDに賃貸したことになっているが、本件配給契約書によれば、仮に、本件映画が大ヒットしたとしても、エンペリオンへの分配金額が損益分岐点を越える場合には、ネット支払額が五〇パーセントに減額されるなど映画興行による利益の分配を多くは望めない仕組みとなっているが、本件説明書によれば、本件取引による利益は、<1>映画興行による利益のほか、<2>組合員の課税上の優遇措置であるとされており、投資家は、組合財産となる映画について、各自の出資持分に応じて減価償却資産にできることを前提に、定率法による減価償却費の計上によって、出資に見合った租税回避の利益が得られることを具体的数字を挙げて説明しており、本件映画が減価償却資産と認められれば、映画興業による利益よりもはるかに大きな利益が得られることとなる。
以上の事実によれば、CPIIは、ジェネシス(ないしメディバル)を単なる履行補助者として、本件映画等の根幹部分の処分権を保有したままで、資金調達を図ることを目的として、また、エンペリオン(ないし控訴人ら組合員)は、専ら租税負担の回避を図ることを目的として、原始売買契約ないし本件売買契約を締結したと認めるのが相当である。
したがって、原判決も認定するとおり本件取引のうち本件出資金は、その実質において、控訴人ら組合員がエンペリオンを通じ、CPIIによる本件映画の興行に対する融資を行ったものであって、エンペリオンないしその組合員である控訴人は、本件取引により本件映画に関する所有権その他の権利を真実取得したものではなく、本件各契約書上、単に控訴人ら組合員の租税負担を回避する目的のもとに、エンペリオンが本件映画の所有権を取得するという形式、文言が用いられたにすぎないものと解するのが相当である。
そうであるとすれば、控訴人が本件映画を減価償却資産に当たるとして、その減価償却費を損金の額に算入したことは相当でなく、右算入に係る全額が償却超過額になるものというべきである。
二 したがって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第六七条第一項、第六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 根本眞 鎌田義勝 島田清次郎)